樋 野 ゆ り
(Yuri HINO)
エレーヌさんはヨガを教えていると言っていました。ヨガのことについてすこし話を聞きました。
でも、このブログを見て、お寺で本当に教えていたと知りました。
私はヨガは習いませんでした。
でも、ときどきエレーヌさんのお庭でいっしょに月の夜に目を閉じて座ったりしたことがありました。
私はエレーヌさんの家のちかくに住んでいたことがあります。ていうか、エレーヌさんの家から遠くないお店でバイトしてて、エレーヌさんがお客さんで来て、ちょっと変わった人だったし外人だったので、なんとなく気にするようになったのですが、エレーヌさんはいつもいろいろ話してくるので、親しくなりました。
私は高校生でしたが、占いとか魔女とかなぜかすごく興味があって、そんなことばかり読んだりしてましたが、エレーヌさんといつだったか、そんなことの話になりました。仕事中なのでちょっと話しただけですが、こんどもっと話しましょうと言われて、ちょうど都合がついた時にエレーヌさんの家に行きました。
コーヒーとかライ麦パンとかお菓子も少し出してくれて、いろいろ話しました。フランス人だとはじめて知りました。私はフランスっていうのはあまり知らなかったので、パリとかエッフェル塔とかがあるんだぐらいに思っただけですけど、エレーヌさんはフランスのことをそんなに話しませんでした。フランス語の先生ですというので、それじゃあフランス語を習ったらいいかなと思いましたが、あんまり興味がなかったので、習いませんでした。私は英語もだめなので、フランス語はもっとだめだろうと思いました。でも、いくつかの言葉は習いました。
最初に行った日は夜でしたが、月がよく出ている日でもなかったので、べつにそれはいいのですけど、エレーヌさんは、ゆりさんは魔女なんですからこんどは満月の夜にお庭で瞑想しましょうと言いました。瞑想のことをエレーヌさんはメイソみたいにいうので、最初よくわからなかったです。目をつぶって座るというので、瞑想だとわかりました。でも、瞑想というのは言葉は知ってましたがあまり私は知らなかったので、むずかしいのかなと思いました。でも私は月のきれいな晩にお庭で目をつぶって座るのは面白いかもと思いました。ですから、ウイ、と言いました。エレーヌさんに習ったばっかりの言葉でした。
魔女の本を読んでいたから、満月が精神にひじょうな影響があるのは知っていました。詳しくはわからないけれど、月には特別な力があるそうです。満月の光はほんとうはすごく強く、月焼けするのだと読んだことがあります。そんな夜に、よく知らないけれど、やっぱり魔女好きのエレーヌさんと庭で瞑想するっていうのはちょっとすごいかもっていう感じでした。
最初に月の庭で座ったのは桜が散る頃で、春でした。ちょっと寒かったですが、その夜はあまり冷えなかったです。そんなにながくは座っていませんでしたが、座布団をもらって、しばらくふたりで目をつぶって、庭のコンクリートの台みたいなところに胡坐をかくみたいにして座っていました。ヨガとかはどうするのか知りませんが、べつにむずかしい息のしかたをするわけでなくって、ただ座っているだけです。
月の光がなんか水のなかの大きな柱みたいになっていて、水の中ほどはっきりしてませんけれど、ちょっと特別な感じでした。こういうのが魔女ですと、あとでエレーヌさんが言いました。
ときどき目をあけてまわりを見ると、体の影がすごくはっきり落ちていたりします。コンクリートの上にも、雑草とか土の上にも影が出ます。私の体とエレーヌさんの体の影がはっきりそんなふうに出るのを見ていて、なんか、こんなふうに影を見ていなかったと思いました。自分の体の影をちゃんと見ないで生きていて、そういうのはよくないなと思いました。あとでエレーヌさんにそう言いましたが、エレーヌさんは、そうです、影がない時は生きていないです、という感じのことを言いました。影が無くなると生きてられないってことかな、と思いました。ときどき、エレーヌさんの日本語は私にはわかりづらい時がありました。考えるとだいたいはわかりましたが。
月の光のなかに座っているだけなのが魔女だというのは、いままで私が考えていたのとはだいぶ違ってましたけど、なんとなくわかる感じでした。落ちつきとか、満足とか、安心の時間みたいなものかなと思いました。なにか煮込んだり呪文をかけたりして魔法をやるのとはすごく違っています。自然が魔法なのだとわかるのが魔女だと思いました。その夜に思ったのでなく、あとでだんだんわかったことです。生きていることが魔法で、それをよく感じるのが魔女だとあとで思うようになっていきました。これはエレーヌさんに言いましたが、そうです、その通りです、と言われました。
いつも満月の夜ということではなかったですけど、だいたい満月に近い夜に、エレーヌさんのところで庭に座るようになりました。最初の時と同じで、座っているだけですが、すごく充実した時間でした。
猫が何匹もエレーヌさんの家のまわりにはいるので、よく庭に来て、はじっこで座っていたりしていました。のどを鳴らしたり、擦りよってきたりしました。でも、それでも座っていると、猫もそこらへんに座って黙っているようになりました。猫といっしょに座っていることもけっこうありました。
ひと月おきだったり、ふた月以上あいだがあいたり、いろいろでしたが、けっこうエレーヌさんと、こんなふうに月の夜に庭で座りました。玄米を作ってくれたり、ワイルドライスというのを炊いてくれたりして、それと野菜とか、魚とか鶏のササミとかと食べたりする時もありました。ワイルドライスというのは、アメリカのインディアンの食べものらしいです。けっこうおいしいです。インディアンは魔女とよく似ているとエレーヌさんは言ってました。
エレーヌさんは日本語の魔女の本はあまり知らないので、英語とかのをけっこう読んでいたようです。私にいくつか勧めてくれました。私は英語がだめなので、ぜんぜん読めないのですが、題名とかはちゃんとメモしてあるので、これから勉強して読んでみようかなと思っています。
私は両親の問題とかあって、だいぶ前に引越してしまいました。もう東京にはしばらく行っていません。エレーヌさんとも会っていませんでした。
高校のあと、お店とかで働くようになって、いまは無農薬の野菜とかハーブとかも扱う店で働いています。時々エレーヌさんにメールしてました。電話することもありましたが、ほんとに時々でした。電話するとなにを言っていいかわからなくなるので、私からはあまりいろいろうまく話せないので、ちょっとしか話さなかったです。
病気になったことも知っていましたが、電話だと、エレーヌさんは、大丈夫ですと言っていました。ちょっとつらいと言っていた時もありましたが、でも大丈夫ですと言っていました。治りますと言っていたし、魔女ですから治しますと言っていました。
亡くなった時に、エレーヌさんのお友だちから知らせていただきました。
ながいことじかに会っていなかったので、まわりにいたお友だちとかほどショックはなかったと思います。でも、会っていないことと、亡くなったということは、どういうふうに違うのかな、とよく思いました。そこのところが、ちょっとよくわからない気がしました。
夜に急に胸がいっぱいになったような感じの時があって、なんか、エレーヌさんをもっとわかったような感じでした。なぜかすごく涙が出て来て、エレーヌさんとああして庭に座っていた頃がばあっと思い出されて来ました。
エレーヌさんと私だけで過ごした月の時間があんなにあって、しあわせだと思います。
エレーヌさんは、ゆりさんとの秘密の月の時間ですと言ってましたが、いまになってエレーヌさんが本当は忙しい人だったのがわかってきたので、ああいう時間があったのはうれしいです。
自然とか魔女とか好きな人のあいだでしかわかりあえないものがあるみたいな話も聞きましたが、そう思います。
私は月が大好きだし、これからも月の夜にひとりでもじっと座ってみると思います。
亡くなったという感じは、私はあまりしません。
亡くなるとか、生きているとか、そこらへんの違いは、私にはやっぱりよくわからない感じで、よくわからないというのが、本当は大事かなと感じます。
エレーヌさんのあの庭はよく覚えています。
長っぽそかったけれど、八畳ぐらいの広さはあったように思います。右にサルスベリの木があって、花が咲く時はピンクの花が咲いていました。その脇の壁の外には、大家さんのキウイの木の棚がありました。左には椿のけっこう大きな木がありました。初夏には毛虫がいっぱい付いて大変と言ってました。真中へんには杉だかモミだかの木がありました。
季節によっては、庭じゅうにドクダミの葉がいっぱいに広がっている時がありました。ドクダミはいろいろ使えますとエレーヌさんは言っていて、お茶にもなると言ってましたが、でもドクダミのお茶を飲む時はお店で乾いたのを買ってきて飲むと言っていました。自分で作るのは怠けますと言っていました。
夏とかは蚊がすごく多くて、蚊取り線香をあちこちにおいて座ったことがありました。エレーヌさんは、添加物のない蚊取り線香しか使いませんと言っていて、そういう蚊取り線香があるのかとはじめて知りました。いまはお客さんに私が教えたりしています。
私はあの庭とエレーヌさんを忘れないと思います。
将来、私はどうなるのかわからないけれど、もし子どもとかできたら、エレーヌさんのことを話して、ちょっと自慢するかも、と思います。孫なんかができても話すと思います。エレーヌさんの庭のことを話すおばあちゃんになって、子どもとか孫とかといっしょに、月のきれいな夜にしずかに座ったりできるといいなと思っています。
【管理者の注】
改行や若干の字句の修正を施して、掲載させていただいた。
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